まごころのつぼみ(4)

2011年12月7日 水曜日

いつもありがとうございます。

最近、寒い日が多くなってきたせいか、身の周りで不幸が続いています。

そんな中、長い間まごころを利用して頂いて、その後、特養へ入所されていた(最後は病院だったようですが)Y・Kさんが亡くなったとの連絡がありました。

ガン・・らしい、と聞いていたので驚きはしましたが、来る時が来たかという感じでもありました。

早速おご自宅へお伺いしました。

1年以上、離れていたわけですが、大変喜ばれ、懐かしいお話をたくさんさせて頂きました。

『あんたがた~、いったいぜんたい、どっこのひと~、ヨイヨイ♪♪♪』

私個人は送迎中色々な歌を教えてもらって本当に勉強させてもらいました。ありがとうございました。

当時はまだ今以上に不慣れだった私を鍛えてもらった先生の様な人でした。

長い人生には必ず最後が訪れるわけですが、その最後が皆さんの笑顔に囲まれ、またまごころからの訪問に囲まれるなんてY・Kさんの徳ですね。

介護という仕事を通して、出会ったY・Ksanntこうしてまごころを通じ合わせることが出来たのは、とっても嬉しいことでした。

安らかにお休みください。

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『まごころのつぼみ』は、介護と言う仕事は、スキルよりもメンタル!と思っている私がず~っとあたためていた『スタッフと利用者さん、あるいは利用者さんと利用者さん、もしくはスタッフとスタッフなどの心の通い合う様子をどんどん公開していきたい』という思いを形にしたものです。

不定期ですが出して行きたいと思います。

Mさん

2011年12月7日 水曜日

いつも汗わになります。ありがとうございます。

先週、利用者Mさんがいつもどおり来所された日のことでした。

送迎の車の中でくしゃみをした途端、

『・・・・・・・・・・・・』

返事がなくなってしまいました。

これはおかしいと思ったスタッフの判断で急遽まごころへ

まごころでは一言あったものの、時間の経過と共に左手が変な感じに・・・・・・・

一瞬、様子を見ようかと思っていた私達も、すぐご家族へ連絡し、救急搬送となりました。

どのようなことになるか分かりませんが、無事お帰りになることを心よりお祈りしております。

あの優しい笑顔で。

Be○○○ 『~~である』ということ

2011年11月1日 火曜日

いつもありがとうございます。

先日、経営に携わるものとして書いた物を紹介させてもらいます。

ちょっと硬くて、小難しくなりましたが(笑)

我ながら難しい人間です、はっはっは(笑)

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私は小さい会社の経営者をしている。

経営者をしているからか、よく先々のことを考えることに時間を費やす。そして、それを具体的な実行計画つまりスケジュールに落とし込む。そんなことをしょっちゅうしている。

そんなことをしながらいつも迷っている。いったい今は何に向かってがんばっているのだろう、そんなことを漠然と考えている。

そんな経営者失格の私だがそんなことではいけないとセミナーに出かけた。そのセミナーは『事業計画の作り方』だ。そのセミナーでは①自分の欲しいものをすべて書き出す。②そしてそれを分類分けする。③それを時系列に並べる。④スケジュール化する。簡単に言うとそういうことだった。一番に肝は①の欲しいもの=Wish Listを書き出すことだ。300個位はすぐに書き出せるそうで、多い人は1000個以上もあるそうだ。

私は100個位でつまずいた。正直まだ書きたいことはあった。が、自分の欲しいものを書き出すこと=自分の欲求を開放することに抵抗を覚えた。

小さい頃から欲は捨てなさいと育てられた。自分でもそう心がけたら何か周りの物に関心が希薄になった。経営者となってからは、そんな自分ではいけないと気づき、なんでも興味を持ってやってみようとしている。そんな私だったがWish Listを書くことには抵抗が消えなかった。

経営者失格だと思った。このようにしよう!売上を○○○円上げよう!儲かったら車を買おう!なにかそんな物が本当のじぶんでない気がした。

最近なにかで見たBe○○○ 『~~である』ということという言葉が妙に腑に落ちた。そうか!目標はGetじゃない、Be○○だ。そうするとすべての計画が色づき始めた。売上をいくら上げるじゃない、周りの人を笑顔にしたい、周りの人が幸せになって欲しい、私独りではそのような力はない、それは逃げなんだろうか、いや逃げてはいけない、ならば覚悟を持って前へ進もう、私は周りの人が幸せになれるように手伝える自分でありたいんだ。そんな風に思えた。

最近の若者は・・・・と言われそうだが、もうそんなことを気にするのもやめよう。自分の気持ちに素直に雑音に心を乱されず頑張って行こう。何が出るか分からないし、また考えが変わるかもしれない。だけど、がんばって前へ進む自分でありたい。今はそんな風に思っています。

否応なくひとの人生に触れる

2011年10月23日 日曜日

みなさん、いつもありがとうございます。

今日は、私の仕事ぶりのお話です。

自分のことですので少し複雑ですが・・・・・

そもそも介護のお仕事はお年寄りの介助を通してその方の生活を支える、さらには人生を支えるものだと思っています。

その介助とは実際に体に触れて行うものと、体に触れないで行うものがあります。

体に触れる介助は、衣服の脱ぎ着やトイレ、はたまたお風呂の世話などです。

また、体に触れない介助は、お話をしたり、ただ笑顔で接したりすることです。

そうした介助をする中で、どうしても避けられないのがその方の人生に触れるということです。

これまで生きてこられた人生を知ってしまうのです。

そして、今の気持ちを想像し始めるのです。

もちろん、私自身はその人になれません。ですから、正確かどうかは甚だ疑問ではあります。が、その人のことを考えてしまうのです。

そのどうしようもない、やり場のない気持ちを考えてしまうのです。

そうすると、その行き場のない気持ちに潰されそうになります。

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私が一番申し訳なく、そして感謝するのはそのどうしようもない気持ちに接し、ほんの少しだけ受け止め、悩んだ結果、その方が『ありがとう』といってくださることです。

介護の仕事は否応なくひとの人生に触れます。

私は本当は人のことを慮るような人間ではありません。

しかし、分かるよう努力することで少しでもその方の人生を支えることが出来るなら、がんばって行こう

そんな風に思っています。

ありがとうございます。

ストレングス・ファインダー

2011年10月20日 木曜日

いつもありがとうございます。

先日、ふと思い悩むことがあり、『自分はいったい何者か?』と言う思いが強まり、知人に紹介してもらった”ストレングス・ファインダー”なるものを使って自己分析をして見ました。

詳しくはこちらです。

この本は  ①強みになりうる最も優れた潜在能力の源泉を見つける ②才能や資質には良いも悪いもない ③もっとも大事なことは自分の才能や資質を知り磨いて行くことで強みとすること

と、あります。

つまり、弱さを克服する!と言う考えではなく、強みを生かしてより良く生きようというものです。

これは介護におけるストレングス視点だなと思いました。

ちなみに私の強みになりそうな資質は・・・・・・まあ、ここでは関係ありませんので割愛(笑)

自分自身のことを考えてみて改めて思ったのは、人を見るとき、

『ここが出来ないから、こう補助しましょう』という介護保険的な考え(このように習った気がします。違っているかもしれませんが)ではどうしても暗くなります。

『こういう良いところがあるのだから、それを使ってこんな風にがんばりましょうよ!』の方が明るくていいな~

この本が自分にそう語りかけてくれているような気がして、私の人にそういう風にしたいと思いました。

機能訓練

2011年10月20日 木曜日

いつもありがとうございます。

先日、ある本の中で『介護事業所にとっての機能訓練は?』というくだりを読みました。

私なりの解釈すると、

① 病院の機能訓練はまさに”歩く”や”立つ”などの機能を訓練して元に戻す!と言う治療

② 介護で言う機能訓練は日常生活に即した機能、例えば”見る”や”聞く”、さらには”話す”などを使うことにより日常生活を輝かせる

と言うものでした。

まさに、わが意を得たり!

常々、病院と介護事業所は違うと思ってきました。

リハビリと一口に言っても、治療を行う病院と毎日の生活を支えて行く介護ではやることが違うのでは、と思っていました。

ですから、介護における機能訓練は歩るくこと自体が訓練とはせず、歩くことを楽しめるようサポートすることが大事だと思いました。

つまり、同じ歩くでも眉間にしわを寄せ苦痛に耐えながらがんばる、のではなく、歩きながら外の空気を吸ってリフレッシュする(楽しむ)、そのサポートをする、それが介護かなと思っています。

じゃ、歩けなかったらどうか、だったら車椅子で外に出ることで、外での時間を楽しむと言うことでよいのではないかなと思います。

普段に生活の中で感じる楽しみ、幸せをサポートする、もっと言えば輝く日常をサポートすることこそ介護であり、そういう機能訓練でありたい、そんな風に思っています。

(考えがまだまとまりきっておらず、ただ漠然と書きましたので???な点が多く申し訳ありません。日々精進します)

感謝で成り立つ関係

2011年10月2日 日曜日

いつもありがとうございます。

まごころではスタッフ同士で結構『ありがとうございます』を言います。

他の施設をあまり知らないので笑われるかもしれませんが、前職(他業種)ではそんなに頻繁には言わなかった気がします。

利害関係のある・・・・簡単に言うと営業先のお客様や担当者、または自分より力の強い仕入先など、自分を有利にするというか、売り込んで行くときなど、そんな時に『ありがとうございます』(満面の営業スマイルで)って使っていたような・・・・

そんな『ありがというございます』ですから、まごころで利用者さんには当たり前ですが、スタッフ同士やさらにはお弁当屋さんなどに発せられる言葉として私自身少し驚きとともにそんな感謝で成り立つ関係って良いな~と常々思っています。

例えば、まごころでは車椅子で来所された利用者さんは入る前にタイヤを拭きます。

一人では出来ませんから、二人作業になります。

一人が車椅子を押して玄関を開けると、それに気づいたスタッフがさっと玄関まで行き雑巾でタイヤを拭きます。

そんな時『ありがとうございます』って言葉が交わされます。

ルールとして決まっていることをやるのは当たり前!

もちろんそうなんです。

そうなんですが、そこに感謝の言葉が交わされることで、感謝で成り立つ関係があることがとても素敵なことだと思いませんか?

マニュアルで縛ってしまうよりはそのようなまごころが通じ合う施設でありたいと思んです。

まごころのつぼみ(3)

2011年10月2日 日曜日

いつもありがとうございます。

まごころのつぼみ(3)

今回は利用者さんの話ではありません。

利用者さんを紹介してくださったDrの話です。

そのDrは、日頃からお付き合いのある先生(この呼び方のほうが良いですね)で、ご自分の医院にも併設のデイサービスを持っておられます。

まごころからそう遠くない所にそのデイサービスはあります。

先日、その先生より『長年診ている患者さんをデイサービスに行かせたいのだが・・・・』とお電話いただきました。

はじめ『???』、先生のところにもデイサービスがあるのに・・・・

どうも担当ケアマネージャーさんに聞くところによると、先生から『任せてもよい所があるから、僕のほうから電話をしておく』とのことだったようです。

まごころとしては先生に介護に質をかって頂いてご紹介いただいたわけです。

非常に手前味噌な話ですが、このようなことは初めてで、とってもとっても嬉しかったです。

先日、良い介護だから倒産しないとは限らない、なんて分かった気なことを書きましたが、そうでもないのかも!と思った自分でした。

ぶれまくってますね(笑)

結局、まごころが通じる介護を!と日々がんばっているところに道が開けるのだと、少し思いを変えられたことに感謝します。

以上を今回のまごころのつぼみとさせて頂きます。

このつぼみが大きく大きくきれいな花になりますように、日々がんばって行きます。

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『まごころのつぼみ』は、介護と言う仕事は、スキルよりもメンタル!と思っている私がず~っとあたためていた『スタッフと利用者さん、あるいは利用者さんと利用者さん、もしくはスタッフとスタッフなどの心の通い合う様子をどんどん公開していきたい』という思いを形にしたものです。

不定期ですが出して行きたいと思います。

企業の第一義は生き抜くこと

2011年9月14日 水曜日

いつもありがとうございます。

いきなり、なにを言い出すのか!

まあまあ、先日聞いた帝国データバンクの方のお話です。

『企業というものは、とにかく生き抜くことが大切です』

つまり、倒産してはいけないと言うことです。

私は以前、倒産(に誓い)の経験があります。とってもとっても辛いものでした。だから、とてもその言葉は重かった。

倒産が何が悪いのかと言うと、周りの人にとても迷惑かけるからだ、そう思いました。

その一番は従業員さんです。今まで一緒のがんばってきた人たちを投げ出すのは本当に辛いことです。正直、私にこんなことが言えた物ではありませんが今でも傷です。

まあ、そんな話を聞いて、わがまごころを考える時、介護保険という擬似マーケットに身を置く会社としてどことなくのんびりしていたもののどの会社も『お金』と言うもので線引きされると言うことに変わりなく、それが市場原理と言うものなんだなということを改めて思い知らされた気分でした。

良い介護をしている=倒産しない、ではないんですね。

これって、日々お風呂の介助・トイレの介助・・・などをしていると忘れそうになる感覚でした。

なにか利用さんに対してはまごころを通じ合わせる”介護”を目指しながら、一方そろばんをはじき、資金繰りが絶えないよう考えをめぐらすと言う行為に矛盾を感じながら日々悪戦苦闘しています。

まごころのつぼみ(2)

2011年9月1日 木曜日

いつもありがとうございます。

まごころのつぼみ(2)

利用者Mさんはいわゆる若年性の認知症と言われ利用を始められた女性の方です。

もともと、関西に住んでおられたMさんは、認知症の進行と共に日常生活に支障を来たすようになり、それに伴い家庭生活にも破綻、身寄りのある広島へやってこられました。

普段はヘルパーさんと散歩、そして読書がお好きなMさんはとても明るいご性格だったようです。

まごころを利用され始めて2~3ヶ月たった先日、入浴中に『ここへ来て良かった』、『ここでは私に普通に接してくれる』と涙を流されお礼を言ってくださいました。

突然のことだったのと、今までそのようなことをおっしゃる感じではなかったのとで、驚くと共にスタッフMさんも涙涙でした。

心と心が通じた。良かった。そう思いました。

これまであったことをすべて知っているわけではありません。

まごころのなにが良かったのかも良く分かりません。

Mさん自身、口数も少なく良かったのか悪かったのか分かりにくかったのも事実です。

が、なにかでその硬く閉じられてしまった心を少しだけMさんは開いてくれました。

感謝してくださったMさんにまごころスタッフ嬉しくてたまりませんでした。

・・・・・介護に携わる者は

家族にはなれません。

出来ないこともいっぱいあります。

でも、出来る範囲のまごころを精一杯つくすことで、その人とまごころが通じ合えばこれほど嬉しいことはありませんね。

日頃、出来ないことに苦しむことが多いからこそ、感じられる幸せな1コマでした。

ありがとうございました。

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『まごころのつぼみ』は、介護と言う仕事は、スキルよりもメンタル!と思っている私がず~っとあたためていた『スタッフと利用者さん、あるいは利用者さんと利用者さん、もしくはスタッフとスタッフなどの心の通い合う様子をどんどん公開していきたい』という思いを形にしたものです。

不定期ですが出して行きたいと思います。

今日はまずその第2弾でした。